ロジカルハラスメント。

論理的に、他者を追い詰めるハラスメントだということです。

どちらの言い分も分かる!

 

ロジカルに詰められても、どうしようも出来なかったこと。

どうしても、出来ないことなんて、世の中にはたくさんある。

人間は、感情があるし、頭で分かっていても、カラダがついていかない時だってあるし、

よくわからない力が加わることだってある。

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広告屋として、ロジカルに物事を考え、提案し、

そこにクリエイティブという発想力なり、転換力のようなものを加えて、

最終的なモノができあがり、それを世の中に発信する。

だが、単純に、好き、嫌いで決まったりもする。

それはもう人が、感情を持つものとして致し方ないとも思う。

 

 

逆に、なぜやらないのか?できないのか?

を切々と問いただしたい時もある。

「考えない」「行動しない」のを誰かのせいや、状況のせいや、開き直りで、

打開もしようとせず、誰かに依存したりする。

そういうときには、なぜそうなのか?を問い詰めて、正し、動かしたくなる。

が、ま、それでも動かないものは動かない。

 

 

ロジカルに問い詰められる事もあったのかもしれないが、

ココロが動かないと、何もピンと来ないので、

「そんな考えもあるのかね?」と思うだけで、結果も変わらなかったりする。

 

 

そう考えると、ロジカルに物事を考え、整理していくことは重要だとは思うが、

ロジカルに物事を考えました!ということに対して、特別な優位性がないのかもしれない。

結局、感情が揺さぶられ、なるほど!と思われない限り、その話は、相手側に伝わらないし、動かないのだから。

あくまでも、考える人の中で、きちんと組み立てていれば、

質問されても答えられるだろうし。

 

ゆえに、ロジハラ=ロジカルに問い詰めるは、不要か。