私は、ずっと広告関係の仕事をしています。
もう少し細分化すると、インターネットからのCRM。CRMからのブランディング。
というカテゴリーで推移していますが、
根本は、ある製品やサービスを、いかにターゲットにその良さを伝えていけるか?という仕事です。
数多くのクライアント(発注主)や、同業者と会ってきて、話をしてきましたが、
多くあることは、何かを否定し、自分の存在感を出す。ということ。
ついこの間もあったのだが、
「この意図がわからない」「なんでこんなことになったのか?」「全然考えられていない」
「その表現は、誰のために言っているのか?」などなどなどなど・・・・。
思わず、笑ってしまう。
思わず、何か悲しい気分になってしまう。
今のメディアもそうだが、「否定」は正直誰でもできる。
つっこもうと思えばいくらでもほころびなんてあるだろう。
なぜなら、その時のモノは、そのトキの状況で作り上げられたものであり、
そこに行き着くのは、こちらの広告業界の人間の意思や意図ももちろんあるが、
その当時のクライアント側の意思や、意図や、状況、他部署との連動などなど
様々な要因があり、こういうものになったのである。
それを、何も理解していない「やつ」があーだこーだ、否定するのは楽である。
そして、自分の方が優れている。という優位性を出すこともできる。と勘違いしている。
また、この否定する「やつ」は、自分の正しいを押し付け、結果的に
全然大したこともない、無難な効果も得られないような「普通」のモノを作り出す。
否定した結果、いずれ、自分が否定されるのを、心の奥底でわかっているので、
それを回避し、「え、、、普通すぎ、、、」「全然心揺さぶられない、、、」
というものを作り出す。
いい加減、「揚げ足を取る」みたいなことやめません?
この業界の人たちのレベルが低すぎるのか、、、自分の立ち位置だけを上にしたいのか?
それとも、日本全体がそうなのか?怖すぎる。。。
否定は楽です。
否定から入るは、自分がより良い風に見せれるだけで、
本質的には、だいぶ、惨めな人になっています。
否定に重きをおかずに、
良い良いものを作るための「熱意」「アイデア」「時間」を使いましょう。
絶対おいおい「否定するやつは、否定される側に行く」からね。